低く雲が立ち込める薄暗い午後
その人は夫の面影をたずさえて訪ねてきました。
抗がん剤治療のかいもなく余命が幾ばくもないことは、前もって他の家族から知らされていましたが、当の本人から聞かされるのは辛いことでした。
元気なうちに会って話したい、という私の強い念が通じたのかどうかは定かではありませんが彼は会いに来てくれました。
向い合せで座り見つめるその目は夫が蘇って現れた、そんな錯覚を起こしそうなほどよく似ています。
普段は人見知りの愛猫が興味深げに擦り寄っているのを見て、夫が生きていた頃の生活が再現されたような懐かしい気持ちになり思わず「パパが帰ってきて良かったね」と言ってしまい気まずかったですが彼は優しく笑って猫を撫でてくれました。
食欲がない、そう言いながらも私が「お腹が減った」と言ったら食事に連れ出してくれました。どちらが病人か、という呆れた話です。
疲れさせてはいけないと思いながらも彼と一緒にいられるのが嬉しくてつい長引かせてしまいました。
不謹慎を承知の上で申し上げますなら、私はまた愛する人ができたという哀しい喜びを味わっています。
これほど時間が惜しいと思ったことがあるでしょうか。
「時間よ止まれ」
そう念じながら 枯葉積もる道を歩いたこの日のことを私は忘れないでしょう。
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